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 第37回 
2007年は、「気功一筋でやってきてよかった」と
心から実感する年になりました



今年も残すところあと10日ほどになりました。
今回は、この1年を振り返ってとくに印象に残ったことをお話したいと思います。

第37回ポインセチア
私は今年も、一度も風邪をひくことなく、
風邪ぎみになったかどうかも記憶にないほど
健康に過ごすことができました。

・・・といいながら、じつは長年、
健康面で心に引っかかっていることがありました。
毎年、会社で健康診断を受けているのですが、
40代の頃からいつも「注意マーク」が付く検査項目があるのです。
コレステロール、血圧、体重の3つです。
気功を始めてからも、それはまったく変わりません。
先月の健康診断でもこの3つは標準値より上で、
また注意を受けてしまいました。

「薬を飲んだほうがいいかもしれませんね」などと脅かされることもあり、
さすがに年も年なので気になってきて、
かかりつけの医師に相談に行こうかと考えていたのです。

そんな矢先、気功仲間がある本を紹介してくれました。
内科と疫学が専門の医師・浜六郎氏が書かれた
『コレステロールに薬はいらない』と『高血圧は薬で下げるな』(ともに角川書店刊)
という本です。

浜医師はこれらの著作のなかで、さまざまな資料やデータを駆使し検証し、
コレステロールが高いとはどういうことか、血圧が高いとはどういうことかを
科学的に解説しているのです。

ここ20年近く、
私の総コレステロール値は260~280あたりを行ったり来たりしています。
通常、総コレステロール値は180未満が管理目標値。
220以上は高コレステロール血症とされています。
私などは「りっぱな高コレステロール血症」になるわけです。

ところが、『コレステロールに薬はいらない』という本のなかでは、
さまざまなコレステロール値の人がどれくらい延命しているかが各種データで示されていて、
なんとそれを見ると、私くらいの年代の男性では260~280程度が
もっとも健康で長生きなのです。

血圧や体重も同様でした。
私の血圧は下が90、上は140~160。
体重は60キロ代の後半。
肥満度の判定に使われるBMIでいうと、25~27。
いずれも標準範囲を超えていますが、
浜医師の示すデータを見ると、それぞれもっとも健康で長生きができる値なのです。

私の周りにもコレステロールや血圧を気にして、
薬を飲んでいる人が少なくありません。
たしかに総コレステロール値が300を超えるような場合は、
薬で下げることが必要でしょう。
しかし、目標値とされている180未満に下げるなど危険きわまりないようです。
コレステロール値が低いと心筋梗塞になりにくいというデータはたしかにありますが、
薬で無理に下げると、今度はガンの発症率が高まったり、
ウツになるケースが増えるのだそうです。

血圧は加齢とともに少しずつ上がるのが普通ですが、
それは全身の細胞に栄養を行き届かせるために、
体があえて血液を送る圧力を上げているわけです。
必要があって血圧を上げているのに、
薬で無理やり下げれば全身のバランスはくずれてしまうでしょう。
『高血圧は薬で下げるな』のなかでも、
血圧を無理に下げるとガンになるリスクが非常に高まることが示されていました。

じつは浜医師によれば、
現在は、本来いちばん健康で長生きできるはずの人たちが
高コレステロール血症や高血圧や肥満という分類に入れられて、
病人扱いされ、薬漬けにされているのだそうです。

例えばメタボリックシンドローム。
骨格も体格もまったく斟酌せずに、
男性でウエスト85センチ以上、女性で90センチ以上だと
心筋梗塞や脳卒中などのリスクが高まるとしているのは、
まったく乱暴な話だと思いませんか?
メタボリックシンドロームは、血圧、血糖、血中脂質の値が高くなる危険をあわせもっているために、
血圧降下剤、血糖降下剤、高脂血症治療薬を同時に使うことができて、
製薬会社にとってこれほどありがたい病気はないのだとか・・・・

「検査数値が高かったから薬を飲んだほうがいい」などと医師に脅かされると、
つい不安になって、言われるままに薬を飲んでしまうことがあるでしょう。
実際、私も不安になりました。
しかしさまざまな利権がからんで、
国民に大量に薬を飲ませるような環境や背景ができあがっていることを認識してかからないと、
薬によって健康を害するという不幸に見舞われかねません。

私は気功を始めてから病気と無縁で生活してきましたし、
経験上、気功をやっていると全身のバランスが整って、
その人にとって適正な血圧や体重になるはずだと思ってきました。
ですから、なぜコレステロール値や血圧が標準値より高いまま下がらないのか、
なぜ「やや太りぎみ」といわれてしまうのか、ずっと解せなかったのです。
それが、この2冊の本のおかげでいっきに氷解しました。
私が病気だったのではなく、
そもそも標準として設定されている数値がおかしかったのです。

まさに目からウロコが落ちるようなこの発見で、
気功の力を信じて気功一筋にやってきた私自身の生き方が正しかったことがわかり、
いっそう意を強くし、ますます気持ちが揺らがなくなりました。
また、「気功はその人にとって理想的な状態に体を整えて、健康をつくり、
長生きができるようにする」ということが実証されたようで、
とても嬉しくなりました。

いずれにしても、もしも健康診断で気になる検査数値が出ている人は、
参考までにこの2冊の本を呼んでみてはいかがでしょうか。

第37回砂漠


今年は、気功に関してもうひとつ嬉しいできことがありました。

2年ほど前から右手の小指にしびれを感じ、
最近は腕のほうにも多少痛みが出ていたので、
なんとか改善したいなぁと考えていました。

先日、第三歩功の「五元庄」の講座に参加したところ、かなり楽になったので、
毎朝、集中して五元庄を練功してみたのです。
するとある日、練功の後で頚椎のあたりに突き刺すような痛みが走り、
それを機に右腕の違和感は劇的に改善されました。

五元庄は各臓器に直接働きかけて五臓の気を修練する功法なのですが、
そのなかの第二節は各ツボを開いて気の通りをよくする効果があります。
それが効いたのではないでしょうか。

たぶん私の頚椎は、年齢を重ねるうちに少しずつずれたり、
きしんだりしたのだと思います。
しかし、なおしにくいといわれている加齢に伴う体の変化(端的にいえば老化現象ですね)も、
体内の気の流れを整えることによって改善できるとわかったわけです。

気功の力を借りてこまめに体のメンテナンスをしていけば、
まだまだ元気で過ごすことができる―― 
この一件も私にとっては大きな自信になりました。


第37回木
今年は、一風変わったことにもチャレンジしてみました。
「小型船舶操縦士免許」をとったのです。

きっかけは素敵な友人と知り合ったことでした。

彼はレジャー用の潜水艇の開発をしている人で、
「将来、一緒に海中散歩をしませんか」と誘ってくれたのです。
その艇は、沖合いの潜水地点に着くまでは
一般の船と同じように水上を走るため、
操縦するには免許がいるとのこと。
そこで一念発起して勉強し、試験を受けたというわけです。
一緒に受験した人たちのなかでは私が最年長でしたが、無事合格。
早く彼と一緒に優雅に海中散歩を楽しみたいなぁと、
今から楽しみで仕方がありません。


このブログを1年続けてこられたことも、今年の良い思い出のひとつです。

これは、いつも読んで頂き楽しいコメントを寄せてくださる皆さんのお力に寄るところが大きく、
皆さんにはとても感謝をしています。
気功についてわかりやすくご紹介したいと思って始めたブログですが、
皆さんのコメントなどを通して私のほうが新たに気付かされることも多く、
おおいに勉強になりました。
本当にありがとうございました。

じつは今、ここで書いたものを1冊の本にまとめるプランを練っていて、
来年はぜひそれを実現したいと思っています。
具体的に決まりましたらこの場でお知らせするつもりですので、
その節はよろしくお願いいたします。


とりとめなく書いてきましたが、私の2007年はこのような1年でした。
皆さんはいかがでしたか?

良い1年だった方も、あまり良い1年ではなかった方も、
2008年はさらに楽しく充実した日々が過ごせますように、お祈りしています。

今年も1年、ありがとうございました。
よいお年をお迎えください。


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【お知らせ】
年明けから、当ブログの更新は月1回、
第3水曜日にさせて頂くことにいたしました。
今後は、日々の生活のなかで気付いたことや思ったことなどを、
気功とからめながら気楽にお話したいと思っています。
これからもよろしくお願いいたします。





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 第35回
「気の不思議、気の神秘、気の魅力」


前回は、屋久島で体感した大地の気、自然の気というような話をさせて頂きましたが、
先日は、京都に行って寺社巡りをし、仏像などを観てきました。
今回はそのときに考えた「人の気」について、紹介しようと思います。


智能気功を習いはじめたばかりの頃、理論の講義で「仏像の気」という話を聞きました。

仏師は仏さまのことを一心に敬い、慕い、
庶民の幸せや社会の平安を願いながら、全身全霊で仏像を造り上げていきます。
どんな仏像にもそのような仏師の念が入っています。
そうして出来上がった仏像は人々に信仰されて親しまれ、
毎日おおぜいの人が願いごとやお礼に訪れるようになります。

何十年、何百年という時を経ながらさまざまな人々の念が仏像に込められていくと、
仏像の本来の気がどんどん強化され、進化していくというのです。

第36回はな
じつはこの話を聞く少し前に、
自宅近くの神社にふらりと立ち寄ったことがありました。
すると、今まで気に止めたことのなかった狛犬が、
浮き上がっているかのように見えたのです。
狛犬が何かを語りかけているような、
私も狛犬と対話ができそうな、
とても不思議な感覚があって、
しばらく立ち止まって狛犬を眺めていました。

ですから仏像にも気が入っているという話を聞いたときには、
「私は狛犬の気が感じられたのかもしれない」と、
嬉しくなったものでした。

そんなことがあってから、
以前とはやや違った思いで仏像に接するようになり、
寺社巡りをするのが好きになったというわけです。

仏像のなかには、見た瞬間に感動の念が沸いてきたり、
ざわついていた心がスーッと落ち着くように感じられるものがあります。
また同じお釈迦さまの像でも、拝んだときに自然と心が洗われるような像と、
そうでもないものがあります。

今まで見たなかでとくに私の印象に残っているのは、
奈良県・女人高野の室生寺と、京都府・太秦の広隆寺にあるいくつかの仏像なのですが、
人を感動させる仏像というのは単に姿かたちが美しいとか歴史的価値があるというだけではなく、
発している気が他とは遥かに違って、大きく、強く、純粋で清らかなのだと思います。
さまざまな人々の心や思いがそれだけ込められているということでしょう。
仏像の気がそれだけ進化しているということでしょう。
そういう気が、見るものの気を揺さぶるのかもしれません。

また、博物館などに陳列してある仏像より、
もともと祀られている寺社で観る仏像のほうが心に響きます。
それは寺社という空間に、多くの人々の気がこもっているからでしょう。

行っただけで気持ちがホッとする寺社というのがありますが、それも同じことだと思います。
寺社は自然の気が強いところに建てられているのでもともと霊力は強いのだと思いますが、
訪れるだけで癒されるような強力なパワーをもつところには、
過去から現在にいたるまでそこを参拝した人々のよい気と念が
集積しているからに違いありません。

第36回木々


人間国宝の落語家、3代目・桂米朝さんの「風の神送り」という噺をご存知ですか?

町内に悪い風邪が流行ったので、
風(風邪)の神さまをつくって川に流して厄落としをしようということになり、
町内総出でようやく川に放り込んだと思ったら、
なんと風の神さまが自ら動き出して―― という内容です。

古くから上方にあった落語を米朝さんが昭和40年代に復活させたのだそうですが、
ただの偶像も多くの人々の気や意念が集まると力や意志が吹き込まれて動くようになる、
そのことを昔の人は経験的に知っていたのかもしれません。

お百度参りなども、強い念を込めて願望を成就させるというものです。
気功を始める以前の私は、そういうものは迷信だと思っていました。
人間が心のなかで思っただけで、ものごとが変わるわけはない、と。
偶像である仏さまや神さまが何かの力を持ったり、
観る者拝む者に何らかのメッセージを送ってくるなんて、
人間の単なる思い込みか神話やおとぎ話でしかないと思っていたのです。

第36回とり
しかし気功を勉強するようになってからは、
疑いの気持ちはきれいに消え去りました。
むしろ今では、当然のこととして受け入れています。
気功というのは人の意念で気を動かし、
まさにその気によって体を変化させ、
ととのえるものだからです。

気功には「遠隔治療」といって、
遠く離れた場所にいる人に向かって気を送り、
体調をととのえたり痛みをとったりする方法がありますが、
相手の健康を一心に念じながら気を送ると、
「いま、気を送ってくれたでしょう」と、
その相手の方から電話がかかってきたりすることもあります。

人の意念や気の力というのはそれほど強く、確かで、
すばらしいものなのです。

また、意念や気が場所や空間に保存され、進化していくということも、
気功をやっていると肌で感じられるようになってきます。

気功には「気場」ということばがあります。
おおぜいの人がひとつの場所に集まって、その人たちの気と場所の気が同化することを気場といいますが、
気場ができると気のパワーがいちだんと強くなるのです。
そこで練功をすると、今まで歩けなかった人が歩けるようになったりということも
起きるといわれています。

気功教室の生徒さんたちが練功する教室にももちろん気場ができていて、
例えば10年前と今とを比べると、今のほうが遥かに気場が強くなっています。
10年の間に学んだたくさんの生徒さんたちの気が保存され、蓄積し、強化され、
その場所の気の力が進化しているのです。
だから、10年前の初心者よりも今入学する初心者の方たちのほうが
あまり苦労せずに上達できる、などともいわれているんですよ。


気というのはとても深遠で、神秘的です。

学んでも学んでもさらに新しい発見があり、驚きや感動や喜びがあり、
畏敬の念を感じたりもします。

それが気功の魅力のひとつなのかもしれませんね。

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