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 第46回
「意念について思いつくままに語ってみました」


おかげさまで、9月1日に
逆転を呼ぶ気功仕事術 外為どっとコム躍進の秘密』(扶桑社新書)が刊行になりました。
多くの皆さんがさっそく入手し、お読みくださったと聞き、
感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。
「わかりやすかった」「気功の理解の助けになった」
「ビジネスの話に共感した」「何歳になっても人生は花開くのだと思い、元気が出てきた」など
嬉しい感想をたくさん頂戴しました。

一人でも多くの方に智能気功を通じて健康と幸福が実現できることを知ってほしい、
という思いで作った本ですが、
私にも励ましやお祝のことばを頂き、読者の皆さんから多くの幸せを頂いています。
本当にありがとうございます。


第46回葉っぱさて今回は、意念について思いつくままにお話ししようかと思います。

先日、草津でリンドウの花が見ごろだという話を聞き、小旅行を計画しました。

天候が不順で、連日のようにゲリラ豪雨に見舞われていた時期だったのですが、例のごとく、「私たちが行けばきっと晴れる!」と信じて出かけました。
そしてその確信どおり、草津白根の山頂は澄み切った青空が広がり、色とりどりのリンドウの花を楽しみながらウォーキングすることができたのです。

「晴れる」と思えば晴れる、「雪が降る」と思えば雪が降る―― 
気功を始めてからこの手のことがよく起きるという話は再三していますが、
天候を自在に変える超能力を私が手に入れたなどとは夢にも思っていません。
だとしたら、これは意念の働きではないかと思うわけです。

広辞苑を引いてみると、意念は「意識と同じ」。
意識は「感覚的知覚に対して、純粋に内面的な精神活動」。
このように書かれていますが、
十数年気功を学んできた私なりの理解を申し上げさせて頂くなら、
意念とは、たとえば「腰の痛みを消したい」「ガンを改善したい」といったように、
明確な目的をもって意識を運用することではないでしょうか。

そして、その目的は相当に高い確率で実現が可能です。
気功を通じて数々の事例を見てきたので、これは間違いないでしょう。

また、日本には昔から言霊信仰があります。
ことばには不思議な霊威が宿っているという考え方ですが、
私も小さい頃から家で
「悪いことを口にすると本当に良くないことが起きるから、やめなさい」と戒められました。
それとは反対に、ポジティブなことを口にすれば良いことが起きるというわけです。
私が旅行に行くと天候に恵まれるのは、
「雨が降ったらどうしよう」とか「雪がなかったらスキーができない」などと
マイナスなことは微塵も考えずに、
いつも「晴れる」「雪が降る」とプラスの意念をもっているからかもしれません。

第46回氷河

強い意念は、空間を超越して遠くの人にも届きます。
いわゆるテレパシーですが、これについては子どもの頃から信じてきました。

そのきっかけになったといっても過言ではない出来事があります。

ひとつは小学生の頃のことです。
母が朝、起きぬけにいきなり、「ゆうべ、ふしぎな夢を見た」というのです。
母は9人きょうだいの末娘なのですが、
いちばん上のお姉さん(私にとっては伯母)が夢に出てきて、
『先に行くからね』とお別れのことばを言ったのだそうです。
母は「何かあったんじゃないかしら」と、心配そうにしていました。
そのお姉さんが前夜に息を引き取ったという電報が届いたのは、それから数時間後のことでした。

高校生の頃にも、似たようなことがありました。
夕方、母がとつぜん立ち上がって窓辺に行き、外を眺めながら、
なかば放心状態で「親はいつでも子どものことを心から心配しているものなのね」と言うのです。
どうしたのかと尋ねると、
ハッと我に返って、「私ったら、何でこんなことを言ったのかしら」と
自分でも不思議そうにしていました。
それからしばらくして、
母の母、つまり私の祖母がちょうどその頃に亡くなったという電報が届いたのです。

祖母や伯母は、死の間際に大切な方々のところに挨拶に行かれたのでしょう。
末娘だった母のことはとくに気にかけていたのかもしれません。
また母自身も、目に見えないものや耳で聞こえないものを感受する力が強かったのかもしれません。

私が気功という目に見えない世界に関心をもち、今まで実践してきたのは、
このような経験があったことも多分に影響しているのだと思います。


意念は空間を超えるだけでなく、空間に蓄積され保存される性質もあるといわれています。
長年、同じ場所で気功教室を行なっていると、
教室がスタートしたばかりのときに学んだ人たちより、
何年もあとでそこで練功する人たちのほうが、
気功の効果が早くあらわれたり、上達も早くなります。
その場所に今まで学んできた人たちの意念や意識が蓄積され、保存されて、
気場が強くなっているからです。

以前、このブログのなかでお話ししたように、
寺社や仏像にも、参拝に訪れた多くの人たちの意念が蓄積、保存されます。
厳かな気分になったり心が癒されるような寺社や仏像というのは、
純粋でよい意念がたくさん保存され、気が進化しているからなのでしょう。

第46回ぺんぎんところで、「健康になりたい」とか「仕事で成功したい」と、つねにプラス思考を心がけて願望を口にしていれば成就すると言いましたが、願えば何でも叶うのでしょうか。

どうやら100%というわけではないようです。

まず、いま自分が置かれた環境において、実現性があまりにも遠いものや可能性がひどく低いものは、どれだけ意念してもむずかしいと言われています。
たとえば、いまさら私が総理大臣になりたいと思っても、実現しないでしょう。
しかし高校生や大学生のときからそういう意念をもち続ければ、次第にしかるべき方向に進み、それなりの効果が出たかもしれません。

また、願望のなかに多少でも不純な目的がまじっていたり、
どこかに邪な気持ちがあると、
それによって自己コントロールが働いてしまうようです。
たとえば、気功の達人になって宝くじの大当たりを当てたいとか、
万馬券を当てたいといった願いを叶えた人は、ほとんど見たことがありません。
病気をなおしたい、健康になりたい、いい仕事をしたい、会社を大きくしたいという望みは
かなりな確率で成就するようですが、
手っ取り早く儲けたいとか、楽をして金持ちになりたいというような、
まっとうとはいえない望みは可能性が低いように思います。
やはり天が許す望みでないと実現しないということなのでしょう。

「お百度参り」や「子の刻参りの藁人形」というのがあります。
以前は単なる迷信だと思っていましたが、
気功を学ぶようになってからは、その効果を信じるようになりました。
ある距離を百回往復しながら願いごとをするとか、
真夜中にわざわざ寺社に詣でて藁人形に杭を打つといった意念の強さは、尋常ではありません。
そこまで一心不乱に念ずれば、きっと物事も変わるだろうと思うからです。
しかし、他者の不幸や失敗を願うような意念活動は、たとえ実現したとしても、同じ報いがかならず自分に跳ね返ってきます。
それが天の摂理なのでしょう。


意念というのはこのように強い確信をもって用いれば、
かなりの確度で望んだとおりの結果や効果をもたらしてくれます。
せっかくですから、意念は天の摂理にかなう良い目的のために、
そして人々をより良い方向へといざなうことができる目的のために、役立てたいものですね。



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